天狗阿迦沙道場は、一つの武術ではありません。三十年の修行の中で、いくつもの武術が一つの統合された体系として育ってきました——田口流忍術を核に、フィリピンのエスクリマ・アルニス、中国道家の八卦掌・太極拳、そして九字切りが霊性的な縦糸として通っています。

すべてを結びつけているのは、技ではありません。霊媒的な次元——本物の武人の伝統の根底に流れる、霊との結びです。

「阿迦沙」が稽古の中で意味するもの

阿迦沙(あかしゃ、サンスクリット ākāśa)は無限の空間です。日本仏教では虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)の領域であり、そこから、いわゆるアカシック記録が湧き出るとされます。長年身体を鍛え、霊との結びに開かれていると、その空間が少しずつ開かれていきます。先生はもはや外にだけ存在するのではなく、自分を通って訪れるようになります。

これは私の師である田口先生が生きてこられた体験です。そして私が受け継ぎ、直系後継者として伝えていく体験です。

体系の柱

忍術——田口流

映画のエンターテインメント忍術ではありません。修験道・真言・九字切りの魔と深く結びついた、歴史的に根を持つ本物の日本武術です。体術(体変術・柔軟体操・体術)、武器(刀・棒・半棒・短刀・短棒)、そして四つの中核技術。

エスクリマ・アルニス・カリ

フィリピンの棒術・刀術・素手の戦いで、シャーマニックな根を持ちます。アニミズム・霊との交わり・儀礼戦闘——スポーツになる遥か前の本来の姿です。

道家武術

八卦掌(はっけしょう)と太極拳を、道家の霊行として。健康法ではなく、シャーマニックな道教の流れに直結する宇宙的な動の瞑想です。

九字切り——結びの糸

九つの印は、この道場のすべての伝統を貫く霊性的な心臓部です。修験道・神道・密教仏教・シャーマニックな道教に根を持つ、本物の魔的・瞑想的実践です。

ここで見つからないもの

マークは、九字の音節、印(むどら)、呼吸の手順をオンラインでは教えません。これらの実践の伝授は、生きた入門の場——師と弟子が同じ空間にいる中——でのみ行われます。それが伝統を生きたまま保つ唯一の道です。

オンラインで見つかるのは、歴史的・哲学的な土台、生きた体験、そしてより深い関わりへの道です。

忍術を深く知る 真言レイキ